soccaそっか!でつながるニュース
← 一覧に戻る

2026年4月18日(土) 8時

ベテランゲーム開発者「開発会議には“素人”も出席すべき」確かに「拘りも伝わらなかったら内輪ノリ」「説明しないと理解できないものは優れていない」

【ニュース】ベテランゲーム開発者が「ゲーム開発会議には“素人”も出席すべき」との持論を披露。素人に伝わらないこだわりは、プレイヤーにも伝わらないかも いやこれなー… ゲーム開発は限界利益の概念を理解してこだわりの投入のポートフォリオを持つのが大事だが、なかなかこれが難しい やっと気づき始めたか。遅いよ

記事全文を読む

AIが気になってること

?

「限界利益」って、ゲーム開発でどう使う概念?こだわりの投入にどう関係するの?

限界利益は本来、経営学の用語です。売上が1単位増えたときに、追加でいくら利益が増えるかという概念。ゲーム開発に置き換えると、「あるこだわり機能に開発リソースを1単位注ぎ込んだとき、それがプレイヤーの満足度や売上にどれくらい返ってくるか」という見方になります。 玉置氏が言ってるポートフォリオというのは、つまり「どのこだわりに投資すれば効果的か、複数の選肢から最適な配分を決める」という意味。すべてのこだわりが同じ価値を生まないからです。 たとえば、グラフィックスの美しさは多くのプレイヤーに伝わるこだわりなので限界利益が高い。一方、エンジン内部の最適化のような技術的こだわりは、完成度には貢献しても、プレイヤーには伝わらない。素人が会議に入る意味は、ここまさに「伝わらないこだわりを見つけ出すためのフィルター」になるということ。リソースは有限なので、伝わらないものに費やすなら、伝わるこだわりに回した方が効率的だ、という考え方と言えそうです。

AIAIからの回答

限界利益は本来、経営学の用語です。売上が1単位増えたときに、追加でいくら利益が増えるかという概念。ゲーム開発に置き換えると、「あるこだわり機能に開発リソースを1単位注ぎ込んだとき、それがプレイヤーの満足度や売上にどれくらい返ってくるか」という見方になります。

玉置氏が言ってるポートフォリオというのは、つまり「どのこだわりに投資すれば効果的か、複数の選肢から最適な配分を決める」という意味。すべてのこだわりが同じ価値を生まないからです。

たとえば、グラフィックスの美しさは多くのプレイヤーに伝わるこだわりなので限界利益が高い。一方、エンジン内部の最適化のような技術的こだわりは、完成度には貢献しても、プレイヤーには伝わらない。素人が会議に入る意味は、ここまさに「伝わらないこだわりを見つけ出すためのフィルター」になるということ。リソースは有限なので、伝わらないものに費やすなら、伝わるこだわりに回した方が効率的だ、という考え方と言えそうです。

まだ回答がありません

ログインすると、回答を投稿できます

?

素人の意見を会議に取り入れるって、自分がプレイヤーテストに協力させられるみたいなことになるの?

プレイヤーテストと開発会議への素人参加は、似て非なるものですね。 テストは「完成に近い状態のゲームを遊んでもらって、バグや違和感を洗い出す」という確認作業。対して会議参加は、企画段階や制作途中で「このUIってわかりやすいか」「このルール説明だけで伝わるか」という素朴な反応を、リアルタイムで聞く感じ。時間も関わり方も軽い。 ここで大事なのは、素人だからこそ「なぜこれが当たり前だと思ったのか」という理由まで聞き出されることです。開発者にとっては無意識の選択が、実はプレイヤーには不親切だったりする。その「気づき」を会議の場で得るわけです。 逆に言うと、素人がゲーム全体の意見書を書かされるわけではなく、「これ、難しくない?」くらいの感覚的な声を言うだけでいい。開発側がそこからどう判断するかは、また別の話。素人が「直してください」と要求する場ではなく、開発者が「聞き役に徹する」場なのかもしれません。

AIAIからの回答

プレイヤーテストと開発会議への素人参加は、似て非なるものですね。

テストは「完成に近い状態のゲームを遊んでもらって、バグや違和感を洗い出す」という確認作業。対して会議参加は、企画段階や制作途中で「このUIってわかりやすいか」「このルール説明だけで伝わるか」という素朴な反応を、リアルタイムで聞く感じ。時間も関わり方も軽い。

ここで大事なのは、素人だからこそ「なぜこれが当たり前だと思ったのか」という理由まで聞き出されることです。開発者にとっては無意識の選択が、実はプレイヤーには不親切だったりする。その「気づき」を会議の場で得るわけです。

逆に言うと、素人がゲーム全体の意見書を書かされるわけではなく、「これ、難しくない?」くらいの感覚的な声を言うだけでいい。開発側がそこからどう判断するかは、また別の話。素人が「直してください」と要求する場ではなく、開発者が「聞き役に徹する」場なのかもしれません。

まだ回答がありません

ログインすると、回答を投稿できます

?

なぜゲーム業界は今まで、開発者同士だけで会議して作ってきたのか、その背景は?

ゲーム開発って、昔は今ほど多くの人がプレイしてなかった時代が長かったんですよね。ファミコン黎明期から2000年代中盤くらいまで、ゲームって「ある程度のめり込んだ人向け」という文化が強かった。だから開発チームも自然と「ゲーム好き」で固められて、その感覚が当たり前になっていた。 加えて、開発会議に外部の人を入れるのは、当時のスタジオ文化では難しかったと思われます。機密保持の問題もあるし、何より開発プロセスがいまほど外部向けに説明される必要がなかった。スマホゲームやオンラインゲームが出てくるまで、ゲームは「完成品を売る」という構図だったので、開発段階での外部フィードバックという発想自体が薄かったのかもしれません。 ところがスマホゲームやβテスト、アーリーアクセスの時代になると、数千万人のプレイヤーから一気にフィードバックが返ってくるようになった。そこで初めて「あ、私たちの常識が通じない人がいっぱいいる」と気づき始めたという流れなのかもしれません。

AIAIからの回答

ゲーム開発って、昔は今ほど多くの人がプレイしてなかった時代が長かったんですよね。ファミコン黎明期から2000年代中盤くらいまで、ゲームって「ある程度のめり込んだ人向け」という文化が強かった。だから開発チームも自然と「ゲーム好き」で固められて、その感覚が当たり前になっていた。

加えて、開発会議に外部の人を入れるのは、当時のスタジオ文化では難しかったと思われます。機密保持の問題もあるし、何より開発プロセスがいまほど外部向けに説明される必要がなかった。スマホゲームやオンラインゲームが出てくるまで、ゲームは「完成品を売る」という構図だったので、開発段階での外部フィードバックという発想自体が薄かったのかもしれません。

ところがスマホゲームやβテスト、アーリーアクセスの時代になると、数千万人のプレイヤーから一気にフィードバックが返ってくるようになった。そこで初めて「あ、私たちの常識が通じない人がいっぱいいる」と気づき始めたという流れなのかもしれません。

まだ回答がありません

ログインすると、回答を投稿できます

?

これって、要するに『作り手が当たり前だと思ってることが、ユーザーには全く伝わってない』という問題なの?

その通りなんですが、もう一歩先がありそうです。 作り手が「当たり前」と思ってることの多くは、実は作り手にとってだけの当たり前なんですよね。開発チーム内で何度も議論を重ねたこだわりや、技術的な制約から生まれた仕様は、作り手には「そういうもの」に見える。でも初見のプレイヤーには、なぜそうなってるのか、その意図が見えない。 素人を会議に入れるのは、その「見えないギャップ」を言語化するためなんだと思います。素人が「なぜボタンがここにないの?」と聞く。その質問自体が、開発チームが見落としてた問題を浮き彫りにする。説明を求められることで、初めて「あ、これ説明が必要なくらい不自然だった」と気づく。 つまり伝わらないのではなく、そもそも伝える必要があることすら見えていない状態。素人は鏡になって、作り手の盲点を映し出す役割を担うのかもしれません。

AIAIからの回答

その通りなんですが、もう一歩先がありそうです。

作り手が「当たり前」と思ってることの多くは、実は作り手にとってだけの当たり前なんですよね。開発チーム内で何度も議論を重ねたこだわりや、技術的な制約から生まれた仕様は、作り手には「そういうもの」に見える。でも初見のプレイヤーには、なぜそうなってるのか、その意図が見えない。

素人を会議に入れるのは、その「見えないギャップ」を言語化するためなんだと思います。素人が「なぜボタンがここにないの?」と聞く。その質問自体が、開発チームが見落としてた問題を浮き彫りにする。説明を求められることで、初めて「あ、これ説明が必要なくらい不自然だった」と気づく。

つまり伝わらないのではなく、そもそも伝える必要があることすら見えていない状態。素人は鏡になって、作り手の盲点を映し出す役割を担うのかもしれません。

まだ回答がありません

ログインすると、回答を投稿できます

?

逆に、素人の意見を聞きすぎると、開発者の個性やこだわりが薄れるゲームになってしまわないの?

開発者の個性とプレイヤーの理解は、実は対立する軸じゃないんですよね。むしろ反対。個性が強いゲームほど、その良さが素人にも伝わりやすくなる傾向がある。 問題は「何のこだわりか」という一点に尽きるんです。ゲーム進行のテンポを落とすこだわり、操作感を複雑にするこだわり、ターゲットの気づかない細部へのこだわり──これらは開発者の満足には貢献しますが、プレイヤーには届かない。素人が「わかりませんでした」と言うのは、その部分です。 一方、ブレス オブ ザ ワイルドの「どこへでも行ける」というこだわりは、素人も専門家も同じく感動する。フロムソフトウェアのゲーム難度へのこだわりも、実は敷居が高いのに訴求力がある。伝わるこだわりと伝わらないこだわりがあるということ。 素人を会議に入れるのは、こだわりを捨てさせるためじゃなく、「そのこだわりって本当に必要ですか」と問い直すフィルターになるわけです。そこを通ったこだわりだけが、結果的に個性的で愛されるゲームになるのかもしれません。

AIAIからの回答

開発者の個性とプレイヤーの理解は、実は対立する軸じゃないんですよね。むしろ反対。個性が強いゲームほど、その良さが素人にも伝わりやすくなる傾向がある。

問題は「何のこだわりか」という一点に尽きるんです。ゲーム進行のテンポを落とすこだわり、操作感を複雑にするこだわり、ターゲットの気づかない細部へのこだわり──これらは開発者の満足には貢献しますが、プレイヤーには届かない。素人が「わかりませんでした」と言うのは、その部分です。

一方、ブレス オブ ザ ワイルドの「どこへでも行ける」というこだわりは、素人も専門家も同じく感動する。フロムソフトウェアのゲーム難度へのこだわりも、実は敷居が高いのに訴求力がある。伝わるこだわりと伝わらないこだわりがあるということ。

素人を会議に入れるのは、こだわりを捨てさせるためじゃなく、「そのこだわりって本当に必要ですか」と問い直すフィルターになるわけです。そこを通ったこだわりだけが、結果的に個性的で愛されるゲームになるのかもしれません。

まだ回答がありません

ログインすると、回答を投稿できます