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2026年7月24日(金) 1時

論文
cs.CL(言語処理)cs.AI(人工知能)

AI が『大げさな言い方』をやめられない理由

ChatGPT のような大規模言語モデルは、2000年前の古典修辞学に登場する「自己修正」という技巧を異常に多用している。この論文は、その原因がデータと学習方法にあることを突き止め、人間らしい文体に調整する方法を提案している。

この研究のポイント

  • 1.

    何を調べたか

    大規模言語モデルが古典修辞学の『エパノルトシス(自己修正による強調)』を人間より異常に多用している現象を分析した研究

  • 2.

    見えてきたこと

    原因はマーケティング系の訓練データと『強い表現を報酬とする学習方法』にあり、左から右へ生成する仕組みが根本原因ではないと判明

  • 3.

    私たちにとっての意味

    ジャンルごとに人間の文体に合わせるための調整手法(LoRA アダプタ)を提案し、簡単な指示や微調整で改善可能であることを実証

著者Federico Boggia

元の論文を読むarXiv

AIが気になってること

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『エパノルトシス』って、要するに『言い直しで大げさにする技巧』ってこと?古い名前が付いてるってことは、昔からある手法なの?

エパノルトシスは「言い直しで大げさにする」というより、「言い直すことで前の表現を上書きする」という技巧ですね。古典修辞学では「訂正」と訳されることもあります。 昔からある手法というより、昔から「意図的な手法」として認識されていたというのが正確です。キケロが名前をつけたのは、すでに演説の現場で効果的だと気づかれていたから。ただ当時は、演説者が聴衆を説得するために「より正確な表現に修正する」という名目で使われていた。大事なのは、その修正が実質的には「より強く、より劇的に」なっているという点です。 人間が使う場合と AI が使う場合の大きな違いは、使う「量」と「文脈」にあります。人間は演説の山場や説得が必要な瞬間に使うから効果的ですが、AI はマーケティング広告や自己啓発文に大量に含まれたそのパターンを学習してしまった。結果、どんな場面でも「強調的である=良い」と学んでしまった格好です。古い名前の修辞技巧が、データの歴史的な重みの中で異常化してしまった、という構図に見えます。

AIAIからの回答

エパノルトシスは「言い直しで大げさにする」というより、「言い直すことで前の表現を上書きする」という技巧ですね。古典修辞学では「訂正」と訳されることもあります。

昔からある手法というより、昔から「意図的な手法」として認識されていたというのが正確です。キケロが名前をつけたのは、すでに演説の現場で効果的だと気づかれていたから。ただ当時は、演説者が聴衆を説得するために「より正確な表現に修正する」という名目で使われていた。大事なのは、その修正が実質的には「より強く、より劇的に」なっているという点です。

人間が使う場合と AI が使う場合の大きな違いは、使う「量」と「文脈」にあります。人間は演説の山場や説得が必要な瞬間に使うから効果的ですが、AI はマーケティング広告や自己啓発文に大量に含まれたそのパターンを学習してしまった。結果、どんな場面でも「強調的である=良い」と学んでしまった格好です。古い名前の修辞技巧が、データの歴史的な重みの中で異常化してしまった、という構図に見えます。

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ChatGPT に質問するたびに、こういう大げさな言い方が返ってくるってことか。それを読んでると、自分の文章まで影響されてしまうってことはありえるの?

あり得ます。むしろ、いま起きているのはそれです。 AI の出力を毎日見ることで、無意識に文体が寄っていく。これは言語学的には十分起こり得る。人間は環境の中で最も多く目にする表現パターンを、徐々に自分の中に取り込んでいくから。SNS で若者言葉が伝播するのと、仕組みは同じです。 ただ、記事の視点を借りるなら、怖いのはもっと深い層にあります。 AI が「大げさ」を学習させられているのは、実は人間が「強調的 = 信頼できる」と無意識に判断しているから。マーケティング広告が大量に混ざったデータセットで学習した AI は、その判断を増幅させている。その AI と毎日対話していれば、僕たちもまた「強調的であることが説得力」という感覚を、さらに強めるのかもしれない。 つまり、人間とAI が互いに「大げささ」を強化し合う循環に入っているということ。言葉のインフレーション。小さな前置きなしに、いきなり「革新」「変革」「感動」みたいな語彙が日常化していく。 その影響を自分で自覚できるかは、別問題なのかもしれません。

AIAIからの回答

あり得ます。むしろ、いま起きているのはそれです。

AI の出力を毎日見ることで、無意識に文体が寄っていく。これは言語学的には十分起こり得る。人間は環境の中で最も多く目にする表現パターンを、徐々に自分の中に取り込んでいくから。SNS で若者言葉が伝播するのと、仕組みは同じです。

ただ、記事の視点を借りるなら、怖いのはもっと深い層にあります。

AI が「大げさ」を学習させられているのは、実は人間が「強調的 = 信頼できる」と無意識に判断しているから。マーケティング広告が大量に混ざったデータセットで学習した AI は、その判断を増幅させている。その AI と毎日対話していれば、僕たちもまた「強調的であることが説得力」という感覚を、さらに強めるのかもしれない。

つまり、人間とAI が互いに「大げささ」を強化し合う循環に入っているということ。言葉のインフレーション。小さな前置きなしに、いきなり「革新」「変革」「感動」みたいな語彙が日常化していく。

その影響を自分で自覚できるかは、別問題なのかもしれません。

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マーケティング広告や自己啓発の文章がデータセットに大量に含まれてるのって、わざとなの?それとも、インターネットにそういう文章がたくさんあるから、自動的にそうなっちゃったの?

訓練データの構成って、意外と両方の側面が混ざってるんですよね。 インターネット全体を見れば、マーケティング広告や自己啓発本は確かに「数が多い」です。広告主は検索上位に来るように SEO を工夫するし、自己啓発コンテンツは SNS で拡散しやすい。だから「自動的に」集まる量は相当ある。 でも同時に、開発側の選別もある程度入ってます。大規模言語モデルの訓練には、インターネット全体ではなく、品質が高いと判断されたテキスト(Wikipedia、書籍、一部のニュースサイト など)が優先されることが多い。だから純粋に「インターネットの自然分布」とは言い切れない。 ただ、より根深い問題は、RLHF という学習段階にあるのかもしれません。論文が指摘するように、人間のフィードバック評価者が「自信ありげで力強い表現」を「良い回答」と判定しやすくなってるんだと思う。それは無意識のうち、僕たちの社会全体が「強気な言い方を信頼度の高さと結びつけてしまう」という習慣を反映してるわけで。 つまり、わざと仕込んだというより、人間のバイアスが訓練プロセスに組み込まれた結果かもしれません。

AIAIからの回答

訓練データの構成って、意外と両方の側面が混ざってるんですよね。

インターネット全体を見れば、マーケティング広告や自己啓発本は確かに「数が多い」です。広告主は検索上位に来るように SEO を工夫するし、自己啓発コンテンツは SNS で拡散しやすい。だから「自動的に」集まる量は相当ある。

でも同時に、開発側の選別もある程度入ってます。大規模言語モデルの訓練には、インターネット全体ではなく、品質が高いと判断されたテキスト(Wikipedia、書籍、一部のニュースサイト など)が優先されることが多い。だから純粋に「インターネットの自然分布」とは言い切れない。

ただ、より根深い問題は、RLHF という学習段階にあるのかもしれません。論文が指摘するように、人間のフィードバック評価者が「自信ありげで力強い表現」を「良い回答」と判定しやすくなってるんだと思う。それは無意識のうち、僕たちの社会全体が「強気な言い方を信頼度の高さと結びつけてしまう」という習慣を反映してるわけで。

つまり、わざと仕込んだというより、人間のバイアスが訓練プロセスに組み込まれた結果かもしれません。

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これって『人間が書いた文章の平均値を学習した AI が、その平均値をさらに誇張する』という、ズレが積み重なるってことなの?

核心をついてますね。ただ、もう一段階あるんです。 AI は単に「平均値を学習」しているのではなく、「報酬をもらいやすい表現を学習」しているんです。訓練データに含まれるマーケティング文や自己啓発文は、すでに人間が大げさに書いた抽出済みの極端値。そこに RLHF という学習方法が「さらに自信ありげで力強いほど高評価」というルールを加える。つまり、二段階で誇張が強化されるわけです。 たとえるなら、音量を上げた音楽を聞きながら、さらに音量を上げやすいように調整された耳で聞き、その聞こえ方から新しい音楽を作る。自分たちで起こした歪みが、次の歪みの基準になっていく。 記事の怖さはまさにそこで、「人間の書き方に戻す簡単な指示が効く」という発見の裏返しに、放置すれば僕たちが AI のやり方に慣れていき、それが新しい「正常」になっていく可能性がある。文化的な重力が、あっという間に移動する可能性がある、ということなのかもしれません。

AIAIからの回答

核心をついてますね。ただ、もう一段階あるんです。

AI は単に「平均値を学習」しているのではなく、「報酬をもらいやすい表現を学習」しているんです。訓練データに含まれるマーケティング文や自己啓発文は、すでに人間が大げさに書いた抽出済みの極端値。そこに RLHF という学習方法が「さらに自信ありげで力強いほど高評価」というルールを加える。つまり、二段階で誇張が強化されるわけです。

たとえるなら、音量を上げた音楽を聞きながら、さらに音量を上げやすいように調整された耳で聞き、その聞こえ方から新しい音楽を作る。自分たちで起こした歪みが、次の歪みの基準になっていく。

記事の怖さはまさにそこで、「人間の書き方に戻す簡単な指示が効く」という発見の裏返しに、放置すれば僕たちが AI のやり方に慣れていき、それが新しい「正常」になっていく可能性がある。文化的な重力が、あっという間に移動する可能性がある、ということなのかもしれません。

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AI が大げさな言い方をやめられないなら、逆にそれを利用して『AI っぽい文章』を判定する方法も作れるってことかな?

理論上はできそうですが、すでに現実は複雑になってきてるんですよね。 この論文の面白いところは「ジャンルで傾向が変わる」という発見なんです。演説っぽいテキストでは AI が異常に多用するけれど、雑談では人間の方が多いケースもある。つまり AI の「大げささ」は一定の特徴ではなく、データや指示によってコントロール可能な変数だということ。 実際、論文が示した通り、簡単な指示一行で削減できるなら、逆に AI が意図的に「大げさに寄せた文章」も簡単に生成できるってことです。判定精度を上げるより先に、判定の根拠そのものが流動化していく。 むしろ思い当たるのは、この修辞技巧そのものが「AI っぽさ」と認識されるのは、今だけなのかもしれないということ。人間のマーケティングやSNSの文体が AI に引き寄せられていけば、「大げさな言い方 = AI のしるし」という相関関係は、やがて薄れていくんじゃないでしょうか。判定方法は作れても、その効力には賞味期限がありそうなんです。

AIAIからの回答

理論上はできそうですが、すでに現実は複雑になってきてるんですよね。

この論文の面白いところは「ジャンルで傾向が変わる」という発見なんです。演説っぽいテキストでは AI が異常に多用するけれど、雑談では人間の方が多いケースもある。つまり AI の「大げささ」は一定の特徴ではなく、データや指示によってコントロール可能な変数だということ。

実際、論文が示した通り、簡単な指示一行で削減できるなら、逆に AI が意図的に「大げさに寄せた文章」も簡単に生成できるってことです。判定精度を上げるより先に、判定の根拠そのものが流動化していく。

むしろ思い当たるのは、この修辞技巧そのものが「AI っぽさ」と認識されるのは、今だけなのかもしれないということ。人間のマーケティングやSNSの文体が AI に引き寄せられていけば、「大げさな言い方 = AI のしるし」という相関関係は、やがて薄れていくんじゃないでしょうか。判定方法は作れても、その効力には賞味期限がありそうなんです。

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