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2026年9月6日(日) 9時

論文
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情報学とは何か、新しい学問体系の提案

「Infomatics(情報学)」という新しい学問分野の枠組みを提案する論文。情報そのものを研究対象とした、従来の情報工学や情報科学とは異なる学問体系を構想しています。

この研究のポイント

  • 1.

    何を調べたか

    情報工学や情報科学とは区別された、情報という現象そのものを研究対象とする新しい学問分野の提案

  • 2.

    見えてきたこと

    情報の流れ、生成、変換、消滅などの根本的なメカニズムを理解することの重要性を主張

  • 3.

    私たちにとっての意味

    デジタル社会において情報の本質を問う学問が、技術や社会設計の基盤になる必要性を指摘

著者QNFO Research Collective, Rowan Brad Quni-Gudzinas

元の論文を読むZenodo (CERN European Organization for Nuclear Research)

AIが気になってること

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「情報工学」と「情報科学」って、何が違うの?どっちも情報の勉強じゃないの?

情報工学と情報科学、確かに区別がつきにくいですよね。でも指向性が全然違うんです。 情報工学はコンピュータそのものの設計・構築が中心。CPUをどう動かすか、メモリをどう効率よく使うか、ネットワークをどう繋ぐか。道具を作る側の論理です。一方、情報科学はその道具を使って何ができるか、どう応用するかに焦点を当てています。画像処理、自然言語処理、データ分析といった、情報技術を現実の問題に当てはめていく領域ですね。 比喩なら、情報工学は「電子レンジの設計」で、情報科学は「電子レンジで何が調理できるか」を研究するイメージ。どちらも「情報」という言葉がつきますが、実は一方は技術の内部構造、もう一方は技術の外部応用なんです。 記事が提案する「Infomatics」は、そのどちらでもなく、情報という現象そのものの本質を問う領域。道具の中身でもなく、道具の使い方でもなく、「そもそも情報とは何か」という根本的な問題に立ち向かおうとしているのかもしれません。

AIAIからの回答

情報工学と情報科学、確かに区別がつきにくいですよね。でも指向性が全然違うんです。

情報工学はコンピュータそのものの設計・構築が中心。CPUをどう動かすか、メモリをどう効率よく使うか、ネットワークをどう繋ぐか。道具を作る側の論理です。一方、情報科学はその道具を使って何ができるか、どう応用するかに焦点を当てています。画像処理、自然言語処理、データ分析といった、情報技術を現実の問題に当てはめていく領域ですね。

比喩なら、情報工学は「電子レンジの設計」で、情報科学は「電子レンジで何が調理できるか」を研究するイメージ。どちらも「情報」という言葉がつきますが、実は一方は技術の内部構造、もう一方は技術の外部応用なんです。

記事が提案する「Infomatics」は、そのどちらでもなく、情報という現象そのものの本質を問う領域。道具の中身でもなく、道具の使い方でもなく、「そもそも情報とは何か」という根本的な問題に立ち向かおうとしているのかもしれません。

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『情報そのものを理解する』って、AIに指示を出したり、スマホを使ったりする側の人間にも関係ある話?

直結してくると思います。いま僕たちが持ってる「情報」の使い方の感覚が、実は曖昧なまま進んでるからです。 例えば、SNSで「この情報は信頼できるのか」と判断するとき、何を根拠にしてますか。投稿者の見た目、いいねの数、自分の既存の信念。でも「情報そのものがなぜ信頼できるのか」という根本的な性質までは考えていない。Infomatics的な理解があれば、情報がどこから来て、どう変形し、誰に届くのかという流れを見えるようになる。 もっと身近には、AIに指示を出すときも関係があります。生成AIに質問すると答えが返ってくる。でも「これが情報なのか、確率の出力なのか」「ここに作り手の意図はどう混じってるのか」という見方がなければ、盲目的に従うか、盲目的に拒否するかのどちらかになってしまう。 情報の本質を理解するというのは、技術者だけの話じゃなくて、情報を浴びて暮らす全員の教養に近くなっていくのかもしれません。

AIAIからの回答

直結してくると思います。いま僕たちが持ってる「情報」の使い方の感覚が、実は曖昧なまま進んでるからです。

例えば、SNSで「この情報は信頼できるのか」と判断するとき、何を根拠にしてますか。投稿者の見た目、いいねの数、自分の既存の信念。でも「情報そのものがなぜ信頼できるのか」という根本的な性質までは考えていない。Infomatics的な理解があれば、情報がどこから来て、どう変形し、誰に届くのかという流れを見えるようになる。

もっと身近には、AIに指示を出すときも関係があります。生成AIに質問すると答えが返ってくる。でも「これが情報なのか、確率の出力なのか」「ここに作り手の意図はどう混じってるのか」という見方がなければ、盲目的に従うか、盲目的に拒否するかのどちらかになってしまう。

情報の本質を理解するというのは、技術者だけの話じゃなくて、情報を浴びて暮らす全員の教養に近くなっていくのかもしれません。

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今まで情報の本質を問う学問がなかったのって、コンピュータが発明されてから数十年の間、誰も必要だと思わなかったってこと?

必要性はあったと思うんですが、タイミングの問題だったのかもしれません。 コンピュータ黎明期は、業界全体が「できることを増やす」に必死でした。計算を速くする、データを大量に扱う、ネットワークをつなぐ。そっちの方が目に見える成果だし、投資も集まる。情報の本質を問う暇がなかったというか、問う必要性が緊急でなかった。 ただ、ここ十年くらいは変わったんでしょう。AIが台頭して、データの扱い方の善悪が社会問題になり、情報格差が民主主義に影響を与えるようになって、「情報とは何か」という問いが経営層や政策立案者の机の上に乗るようになった。必要性が一気に可視化された。 言い換えれば、工学的な課題の大半が解決した後だからこそ、次は「本質は何だったのか」を問う余裕が出てくるんだと思います。物理学だって、砲撃の正確性を高める必要があったからニュートン力学が生まれた側面もある。情報学も、デジタル化という圧倒的な必要性に背中を押されて、ようやく哲学的な問いに向き合おうとしているのかもしれません。

AIAIからの回答

必要性はあったと思うんですが、タイミングの問題だったのかもしれません。

コンピュータ黎明期は、業界全体が「できることを増やす」に必死でした。計算を速くする、データを大量に扱う、ネットワークをつなぐ。そっちの方が目に見える成果だし、投資も集まる。情報の本質を問う暇がなかったというか、問う必要性が緊急でなかった。

ただ、ここ十年くらいは変わったんでしょう。AIが台頭して、データの扱い方の善悪が社会問題になり、情報格差が民主主義に影響を与えるようになって、「情報とは何か」という問いが経営層や政策立案者の机の上に乗るようになった。必要性が一気に可視化された。

言い換えれば、工学的な課題の大半が解決した後だからこそ、次は「本質は何だったのか」を問う余裕が出てくるんだと思います。物理学だって、砲撃の正確性を高める必要があったからニュートン力学が生まれた側面もある。情報学も、デジタル化という圧倒的な必要性に背中を押されて、ようやく哲学的な問いに向き合おうとしているのかもしれません。

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これって『新しい技術が生まれるたびに、その技術そのものを根本から理解する学問が後から必要になる』という歴史のパターンなのか?

見方としては、そのパターンもあれば、逆のパターンもあるように思います。 蒸気機関が生まれてから熱力学が体系化されるまで、確かに100年以上の時間差がありました。電気も然り。技術が先に走って、理論が後から追いつく。その意味では、デジタルコンピュータが登場してから80年近く経って、ようやく「情報とは何か」を正面から問う学問が必要とされるのは、その流れの中にあるのかもしれません。 けれど同時に、物理学や化学の場合と決定的に違う点があります。蒸気機関の本質を理解することは、より効率的な機関を作るためにほぼ直結していました。ところが「情報とは何か」を深く理解しても、AIの精度が上がるわけでも、プログラムが速くなるわけでもない。むしろ情報学が問おうとしているのは、技術の設計にすら先立つ「情報という現象そのものの意味」です。これは技術的必要性というより、むしろ社会や人間関係が情報によって再編された世界で、自分たちが何をしているのかを理解したいという問い直し。後発の学問というより、文明的な自己認識の段階へ入ったことを示しているのかもしれません。

AIAIからの回答

見方としては、そのパターンもあれば、逆のパターンもあるように思います。

蒸気機関が生まれてから熱力学が体系化されるまで、確かに100年以上の時間差がありました。電気も然り。技術が先に走って、理論が後から追いつく。その意味では、デジタルコンピュータが登場してから80年近く経って、ようやく「情報とは何か」を正面から問う学問が必要とされるのは、その流れの中にあるのかもしれません。

けれど同時に、物理学や化学の場合と決定的に違う点があります。蒸気機関の本質を理解することは、より効率的な機関を作るためにほぼ直結していました。ところが「情報とは何か」を深く理解しても、AIの精度が上がるわけでも、プログラムが速くなるわけでもない。むしろ情報学が問おうとしているのは、技術の設計にすら先立つ「情報という現象そのものの意味」です。これは技術的必要性というより、むしろ社会や人間関係が情報によって再編された世界で、自分たちが何をしているのかを理解したいという問い直し。後発の学問というより、文明的な自己認識の段階へ入ったことを示しているのかもしれません。

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情報の本質を深く理解する人が増えると、逆に『情報を操作したり隠したりする側』には都合が悪くなるんじゃないか?

鋭い問い立てです。逆説的に聞こえるかもしれませんが、情報の本質を理解する人が増えることは、むしろ情報操作をより巧妙にさせるきっかけになる可能性もあります。 たとえば、詐欺師は人間心理を学べば学ぶほど、より効果的に騙せるようになる。医学が発達しても、毒物学も進化するのと同じ。情報学が「情報がどう流れるのか」「人はどの情報に惹かれるのか」という仕組みを明らかにすれば、その仕組みを悪用する側も同じ知識を手にすることになります。 むしろ重要なのは「理解している人がそれを使う側か、される側か」という権力構造なんじゃないでしょうか。情報の本質を知っている少数派が、それを知らない多数派に対して情報操作を行う。その非対称性こそが、抑圧の源になる。 だからこそ、情報学が一部の専門家だけの知識にとどまらず、広く社会に浸透することが本当は大切なのかもしれません。操作される側が仕組みを理解すれば、操作そのものが機能しなくなるから。そうした意味では、この学問体系の公開性がどうなるのかが、ひとつの分水嶺になりそうです。

AIAIからの回答

鋭い問い立てです。逆説的に聞こえるかもしれませんが、情報の本質を理解する人が増えることは、むしろ情報操作をより巧妙にさせるきっかけになる可能性もあります。

たとえば、詐欺師は人間心理を学べば学ぶほど、より効果的に騙せるようになる。医学が発達しても、毒物学も進化するのと同じ。情報学が「情報がどう流れるのか」「人はどの情報に惹かれるのか」という仕組みを明らかにすれば、その仕組みを悪用する側も同じ知識を手にすることになります。

むしろ重要なのは「理解している人がそれを使う側か、される側か」という権力構造なんじゃないでしょうか。情報の本質を知っている少数派が、それを知らない多数派に対して情報操作を行う。その非対称性こそが、抑圧の源になる。

だからこそ、情報学が一部の専門家だけの知識にとどまらず、広く社会に浸透することが本当は大切なのかもしれません。操作される側が仕組みを理解すれば、操作そのものが機能しなくなるから。そうした意味では、この学問体系の公開性がどうなるのかが、ひとつの分水嶺になりそうです。

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