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2026年9月12日(土) 0時

論文
cs.HC(人とAI)

SNS の「フィード」を個人で作る時代、その現実と課題

Twitter の分散版「Bluesky」では、個人やグループが独自に「フィード」(情報の流れ)を作れるようになりました。26 人のクリエイター への調査から、理想と現実のギャップが見えてきた。

この研究のポイント

  • 1.

    何を調べたか

    Bluesky で個人が作るフィードの実態を調査。26 人のクリエイターと 88,302 個のフィード データを分析した大規模研究

  • 2.

    見えてきたこと

    便利さ追求型とコミュニティ構築型という 2 つの作り手の志向があるが、共通して詳細なデータ不足とフィードバック不足に悩んでいる

  • 3.

    私たちにとっての意味

    ほぼ無給の趣味レベルで続いており、プラットフォーム側のサポート体制整備が分散型 SNS の成長に必須

著者Tony Zhou, Leijie Wang, Amy X. Zhang

元の論文を読むarXiv

AIが気になってること

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「フィード」って、タイムラインと何が違うの?自分で作るってどういうこと?

フィードとタイムラインは、見た目は似てますが、決定権が違う。タイムラインはプラットフォーム側が「今見るべき」と判断した順番で情報を流す。対してフィードは、ユーザーやクリエイターが「こういう基準で情報を集めて並べたい」と自分たちで決めたルールに基づいて情報を並べたもの。 自分でフィードを作るというのは、プログラミング的な条件設定をして、Bluesky 上の膨大な投稿から「これとこれとこれを集めて、こういう順番で表示しよう」というフィルターを設計すること。たとえば「推し声優の投稿だけを集めたフィード」や「地元のカフェについての投稿をリアルタイムで流すフィード」みたいに、自分や仲間の欲しい情報だけを抽出して並べ直せる。 ここで面白いのは、個人が「媒体編集者」になれるという点。今までは Twitter や Instagram といったプラットフォームの編集方針に従うしかなかったのに、フィードづくりを通じて「私たちにとって価値ある情報の流れ」を自分たちで設計できるようになった。分散型だからこそ可能な自由度といえそうです。

AIAIからの回答

フィードとタイムラインは、見た目は似てますが、決定権が違う。タイムラインはプラットフォーム側が「今見るべき」と判断した順番で情報を流す。対してフィードは、ユーザーやクリエイターが「こういう基準で情報を集めて並べたい」と自分たちで決めたルールに基づいて情報を並べたもの。

自分でフィードを作るというのは、プログラミング的な条件設定をして、Bluesky 上の膨大な投稿から「これとこれとこれを集めて、こういう順番で表示しよう」というフィルターを設計すること。たとえば「推し声優の投稿だけを集めたフィード」や「地元のカフェについての投稿をリアルタイムで流すフィード」みたいに、自分や仲間の欲しい情報だけを抽出して並べ直せる。

ここで面白いのは、個人が「媒体編集者」になれるという点。今までは Twitter や Instagram といったプラットフォームの編集方針に従うしかなかったのに、フィードづくりを通じて「私たちにとって価値ある情報の流れ」を自分たちで設計できるようになった。分散型だからこそ可能な自由度といえそうです。

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普通のTwitterやInstagramを使ってる人も、Blueskyのフィード機能の恩恵を受けることになるの?

Bluesky のフィード機能が既存 SNS ユーザーに波及するには、けっこう段階を踏む必要があるのかもしれません。 記事から見える構図は、Bluesky はあくまで「分散型」で、個人がフィードを作れる仕組みを用意した。でも Twitter や Instagram は今も中央集権型で、プラットフォーム側がアルゴリズムを一律に決めています。両者は根本的に違う世界観なんですよね。 ただし、Bluesky で「カスタムフィードって便利だな」という流れが成熟すれば、既存 SNS も無視できなくなる可能性はある。Meta も Twitter も、ユーザーが「自分たちでフィード設計したい」という需要を無視し続けられはしないから。 でも記事が指摘している現実は、いまのところ Bluesky 側にハードルが多すぎるということ。無給、フィードバックなし、技術的難度が高い。この状態では、Bluesky そのものに人が集まりきれず、既存 SNS へ逆流する発想さえ生まれにくいのかもしれません。つまり「理想的なフィードづくり」は、プラットフォーム側のサポートがなければ、普及への道筋が見えにくい状況にあると言えそうです。

AIAIからの回答

Bluesky のフィード機能が既存 SNS ユーザーに波及するには、けっこう段階を踏む必要があるのかもしれません。

記事から見える構図は、Bluesky はあくまで「分散型」で、個人がフィードを作れる仕組みを用意した。でも Twitter や Instagram は今も中央集権型で、プラットフォーム側がアルゴリズムを一律に決めています。両者は根本的に違う世界観なんですよね。

ただし、Bluesky で「カスタムフィードって便利だな」という流れが成熟すれば、既存 SNS も無視できなくなる可能性はある。Meta も Twitter も、ユーザーが「自分たちでフィード設計したい」という需要を無視し続けられはしないから。

でも記事が指摘している現実は、いまのところ Bluesky 側にハードルが多すぎるということ。無給、フィードバックなし、技術的難度が高い。この状態では、Bluesky そのものに人が集まりきれず、既存 SNS へ逆流する発想さえ生まれにくいのかもしれません。つまり「理想的なフィードづくり」は、プラットフォーム側のサポートがなければ、普及への道筋が見えにくい状況にあると言えそうです。

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なぜ今になって『個人がフィードを作れる』という技術が実現したのか、これまでなかった理由は何?

従来の SNS は「プラットフォーム = 配信の仕組み」を一体で持つビジネスモデルだったんですよね。Twitter なら Twitter が、Instagram なら Instagram が、アルゴリズムと広告を組み合わせて収益を生み出す。その仕組みがあるかぎり、ユーザーに「好きなフィード作ってよ」と委ねる理由がない。むしろ、すべての利用者を一つのアルゴリズムで管理することが、プラットフォームの価値でもあった。 Bluesky が個人フィード作成を許した背景には、構造的な転換があります。分散型 SNS は、データとプログラムの管理を複数の場所に分散させる。つまり、プラットフォーム側が「唯一の配信ルール」を守る必要がなくなった。むしろユーザーが多様なフィードを作ることで、一つの巨大な中央集権的なアルゴリズムに依存しない生態系を目指してる。 言い換えれば、今までは「配信の仕組みをコントロールすること = ビジネス力」だったのが、分散型では「生態系を開く方が強い」というゲームチェンジが起きた。技術的にも、データをどこで誰が処理するかの自由度が高くなったからこそ実現した、という側面があるのかもしれません。

AIAIからの回答

従来の SNS は「プラットフォーム = 配信の仕組み」を一体で持つビジネスモデルだったんですよね。Twitter なら Twitter が、Instagram なら Instagram が、アルゴリズムと広告を組み合わせて収益を生み出す。その仕組みがあるかぎり、ユーザーに「好きなフィード作ってよ」と委ねる理由がない。むしろ、すべての利用者を一つのアルゴリズムで管理することが、プラットフォームの価値でもあった。

Bluesky が個人フィード作成を許した背景には、構造的な転換があります。分散型 SNS は、データとプログラムの管理を複数の場所に分散させる。つまり、プラットフォーム側が「唯一の配信ルール」を守る必要がなくなった。むしろユーザーが多様なフィードを作ることで、一つの巨大な中央集権的なアルゴリズムに依存しない生態系を目指してる。

言い換えれば、今までは「配信の仕組みをコントロールすること = ビジネス力」だったのが、分散型では「生態系を開く方が強い」というゲームチェンジが起きた。技術的にも、データをどこで誰が処理するかの自由度が高くなったからこそ実現した、という側面があるのかもしれません。

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つまり『素人には難しくて、給料も出ないから続かない』って、結局『本気の人だけが作る』仕組みに逆戻りしてるってこと?

確かにそう見えるんですけど、もう一段階違う問題かもしれません。 「本気の人だけが作る」というのは、実は Twitter の初期や、掲示板の管理人の時代と同じ構造です。でも当時は、作り手と使い手がもっと近かった。掲示板の管理人は「自分たちのコミュニティだから」という理由で続けられた。 Bluesky のフィード職人の場合は、違う。「便利さ」を求めるグループも「コミュニティ」を育てるグループも、データがない、フィードバックがない、という状況で作ってる。つまり、手応えがないまま続けている。本気というより、むしろ「暗闇の中で手探りしてる」感じに近い。 昔は「限られた人だけ」の中で完結してた。いま「限られた人だけ」が作ってるのに、その人たちが全体像を掴めない。規模は大きくなったのに、コミュニティ感覚だけ失われた、という逆転が起きてるのかもしれません。だから続かないのは、難しさや給料よりも、やってる実感が湧かないことなのかもしれません。

AIAIからの回答

確かにそう見えるんですけど、もう一段階違う問題かもしれません。

「本気の人だけが作る」というのは、実は Twitter の初期や、掲示板の管理人の時代と同じ構造です。でも当時は、作り手と使い手がもっと近かった。掲示板の管理人は「自分たちのコミュニティだから」という理由で続けられた。

Bluesky のフィード職人の場合は、違う。「便利さ」を求めるグループも「コミュニティ」を育てるグループも、データがない、フィードバックがない、という状況で作ってる。つまり、手応えがないまま続けている。本気というより、むしろ「暗闇の中で手探りしてる」感じに近い。

昔は「限られた人だけ」の中で完結してた。いま「限られた人だけ」が作ってるのに、その人たちが全体像を掴めない。規模は大きくなったのに、コミュニティ感覚だけ失われた、という逆転が起きてるのかもしれません。だから続かないのは、難しさや給料よりも、やってる実感が湧かないことなのかもしれません。

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フィードを自由に作れるようになると、逆に『自分の見たい情報だけ見る』人が増えて、むしろ世の中の分断が進むんじゃないの?

その不安、すごく自然な発想ですが、実は逆説的な側面があるかもしれません。 従来の Twitter や Facebook では、プラットフォーム側が「万人向け」のアルゴリズムで配信を最適化しており、その過程で知らず知らずのうちに「同じ志向の人」同士が集められていた。気づかないうちに分断されていたわけです。 個人がフィードを作る仕組みなら、それは透明性が生まれる。「このフィードは何を大事にしているのか」が、作り手の設計思想として外に見える。異なる視点のフィードもあるし、複数のフィードを同時購読することも可能になる。 記事で「コミュニティを育てる」という流派が出現しているのは、その証左です。単なる情報フィルタリングではなく、ある価値観の人たちが集う場をわざと作っている。それ自体は分断とは違う、むしろ「自分たちの立ち位置を明確にする」営みと言えそうです。 ただ、課題が本当に大きい。作り手がボランティアで、フィードバックもない中では、果たして多様なフィードが本当に育つのか。結局は技術スキルがある一部の人だけが発言権を握り、かえって分断が固定化する可能性も残ってるのかもしれません。

AIAIからの回答

その不安、すごく自然な発想ですが、実は逆説的な側面があるかもしれません。

従来の Twitter や Facebook では、プラットフォーム側が「万人向け」のアルゴリズムで配信を最適化しており、その過程で知らず知らずのうちに「同じ志向の人」同士が集められていた。気づかないうちに分断されていたわけです。

個人がフィードを作る仕組みなら、それは透明性が生まれる。「このフィードは何を大事にしているのか」が、作り手の設計思想として外に見える。異なる視点のフィードもあるし、複数のフィードを同時購読することも可能になる。

記事で「コミュニティを育てる」という流派が出現しているのは、その証左です。単なる情報フィルタリングではなく、ある価値観の人たちが集う場をわざと作っている。それ自体は分断とは違う、むしろ「自分たちの立ち位置を明確にする」営みと言えそうです。

ただ、課題が本当に大きい。作り手がボランティアで、フィードバックもない中では、果たして多様なフィードが本当に育つのか。結局は技術スキルがある一部の人だけが発言権を握り、かえって分断が固定化する可能性も残ってるのかもしれません。

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