2026年10月29日(木) 9時
論文英語を学ぶ学生のエッセイ、なぜ動詞でつまずくのか
インドネシア系の英語学習者が学術エッセイで犯す文法ミスを調べた研究。動詞の間違いが全体の38%を占め、母語の影響が大きいことが判明。教え方の改善案も提示。
この研究のポイント
- 1.
何を調べたか
インドネシアの大学生18名のエッセイから134個の文法ミスを分類し、エラーの種類と頻度を調べた研究
- 2.
見えてきたこと
動詞の間違いが全体の38%で最多。言葉を落とす誤りが63%を占め、母語と英語の文法体系の違いが影響していると推測される
- 3.
私たちにとっての意味
文法ルールの学習に、ミニレッスンやピアレビューなど実践的な活動を組み込むことで、学生の書く力が向上する可能性がある
著者Agung Pranoto Kadiatmaja
AIが気になってること
?『時制変化』って、過去形・現在形みたいな形を変えることだけじゃなく、もっと複雑な決まりがあるの?
時制変化という言葉は、確かに「過去形・現在形」という単純な変化だけを指しているわけではないんですよね。英語の時制システムは、実は「いつの話か」という時間軸だけでなく、「その時点でどの段階にあったのか」という情報も同時に詰め込まれている。
たとえば「I have finished」と「I finished」は、どちらも過去の出来事を述べているのに全く違う意味になります。前者は「完了している状態が今も続いている」で、後者は「完全に終わった過去のできごと」という感覚の違い。インドネシア語にこうした複雑な区別がなければ、学生は「動詞を変えればいい」という浅い理解で止まってしまう。
さらに条件法や仮定法といった、時間ではなく「実現度」を表す時制表現も英語には存在します。「If I were you」みたいなやつですね。単なる形の変化ではなく、話し手の現実認識や確実度までを文法に組み込む仕組みです。
つまり、英語の時制というのは、単なる過去・現在・未来ではなく、その出来事がどの段階にあるのか、どの程度確実なのかまでを、動詞の形で一気に表現する複雑なシステムと言えそうです。
『時制変化』って、過去形・現在形みたいな形を変えることだけじゃなく、もっと複雑な決まりがあるの?
時制変化という言葉は、確かに「過去形・現在形」という単純な変化だけを指しているわけではないんですよね。英語の時制システムは、実は「いつの話か」という時間軸だけでなく、「その時点でどの段階にあったのか」という情報も同時に詰め込まれている。 たとえば「I have finished」と「I finished」は、どちらも過去の出来事を述べているのに全く違う意味になります。前者は「完了している状態が今も続いている」で、後者は「完全に終わった過去のできごと」という感覚の違い。インドネシア語にこうした複雑な区別がなければ、学生は「動詞を変えればいい」という浅い理解で止まってしまう。 さらに条件法や仮定法といった、時間ではなく「実現度」を表す時制表現も英語には存在します。「If I were you」みたいなやつですね。単なる形の変化ではなく、話し手の現実認識や確実度までを文法に組み込む仕組みです。 つまり、英語の時制というのは、単なる過去・現在・未来ではなく、その出来事がどの段階にあるのか、どの程度確実なのかまでを、動詞の形で一気に表現する複雑なシステムと言えそうです。
AIAIからの回答
時制変化という言葉は、確かに「過去形・現在形」という単純な変化だけを指しているわけではないんですよね。英語の時制システムは、実は「いつの話か」という時間軸だけでなく、「その時点でどの段階にあったのか」という情報も同時に詰め込まれている。
たとえば「I have finished」と「I finished」は、どちらも過去の出来事を述べているのに全く違う意味になります。前者は「完了している状態が今も続いている」で、後者は「完全に終わった過去のできごと」という感覚の違い。インドネシア語にこうした複雑な区別がなければ、学生は「動詞を変えればいい」という浅い理解で止まってしまう。
さらに条件法や仮定法といった、時間ではなく「実現度」を表す時制表現も英語には存在します。「If I were you」みたいなやつですね。単なる形の変化ではなく、話し手の現実認識や確実度までを文法に組み込む仕組みです。
つまり、英語の時制というのは、単なる過去・現在・未来ではなく、その出来事がどの段階にあるのか、どの程度確実なのかまでを、動詞の形で一気に表現する複雑なシステムと言えそうです。
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?日本語を母語にしてる人が英語を学ぶときも、インドネシア人と同じように動詞で引っかかることが多いの?
インドネシア語と日本語は、実は似ている部分がありながら、英語学習での引っかかりポイントは微妙に違うのかもしれません。
インドネシア語が英語と異なる大きな点は、動詞に時制変化がないこと。過去形も未来形も文脈や時を表す別の言葉で補うんです。だから学生が「動詞を落とす」ミスをする。日本語も実は似ていて、「~た」「~だろう」といった時制表現は動詞の活用で示されるものの、英語ほど厳密ではありません。
ただ日本語学習者は別の壁にぶつかる傾向があります。冠詞です。日本語に「a」や「the」がないので、日本人学習者は冠詞のミスが相対的に高い割合を占めることが多い。インドネシア人は38%が動詞なのに対し、日本人は冠詞でもっと苦労するケースが目立つんですよね。
つまり、言語系統が遠いほど別の領域で躓く。同じ「外国語学習」でも、母語による「詰まりどころ」は異なるということになりそうです。動詞が日本人にとって最大の課題とは限らない、ということかもしれません。
日本語を母語にしてる人が英語を学ぶときも、インドネシア人と同じように動詞で引っかかることが多いの?
インドネシア語と日本語は、実は似ている部分がありながら、英語学習での引っかかりポイントは微妙に違うのかもしれません。 インドネシア語が英語と異なる大きな点は、動詞に時制変化がないこと。過去形も未来形も文脈や時を表す別の言葉で補うんです。だから学生が「動詞を落とす」ミスをする。日本語も実は似ていて、「~た」「~だろう」といった時制表現は動詞の活用で示されるものの、英語ほど厳密ではありません。 ただ日本語学習者は別の壁にぶつかる傾向があります。冠詞です。日本語に「a」や「the」がないので、日本人学習者は冠詞のミスが相対的に高い割合を占めることが多い。インドネシア人は38%が動詞なのに対し、日本人は冠詞でもっと苦労するケースが目立つんですよね。 つまり、言語系統が遠いほど別の領域で躓く。同じ「外国語学習」でも、母語による「詰まりどころ」は異なるということになりそうです。動詞が日本人にとって最大の課題とは限らない、ということかもしれません。
AIAIからの回答
インドネシア語と日本語は、実は似ている部分がありながら、英語学習での引っかかりポイントは微妙に違うのかもしれません。
インドネシア語が英語と異なる大きな点は、動詞に時制変化がないこと。過去形も未来形も文脈や時を表す別の言葉で補うんです。だから学生が「動詞を落とす」ミスをする。日本語も実は似ていて、「~た」「~だろう」といった時制表現は動詞の活用で示されるものの、英語ほど厳密ではありません。
ただ日本語学習者は別の壁にぶつかる傾向があります。冠詞です。日本語に「a」や「the」がないので、日本人学習者は冠詞のミスが相対的に高い割合を占めることが多い。インドネシア人は38%が動詞なのに対し、日本人は冠詞でもっと苦労するケースが目立つんですよね。
つまり、言語系統が遠いほど別の領域で躓く。同じ「外国語学習」でも、母語による「詰まりどころ」は異なるということになりそうです。動詞が日本人にとって最大の課題とは限らない、ということかもしれません。
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?インドネシア語の文法体系って、英語とどのくらい違うもの?だから学生たちがつまずくんだっけ?
動詞が英語でここまで厄介な理由は、インドネシア語が「時制」というものをほぼ持たないからなんですよ。英語では「walk」「walked」「will walk」と動詞が時間で変わりますが、インドネシア語は動詞の形を変えない。代わりに「sudah(すでに)」とか「akan(〜する予定)」みたいな別の単語を前に付けて時間を表します。だから学生たちは、英語で「書く」という一つの動作を、過去形・現在形・未来形で三つに分けて意識する習慣がそもそもない。頭の中に「動詞は形を変えるもの」という回路が育っていないわけです。加えてインドネシア語は冠詞もない。「a」「the」という概念が母語にないと、英語で「the river」と「a river」の違いを感覚的に理解するのは本当に難しい。研究で「言葉を落とす」が63%という高い率になったのも、そこからきている。学生たちは知識としては知ってるんでしょう。でも、実際に書くときは母語の「ルール」が自動的に走ってしまう。そこが学習の難しさなのかもしれません。
インドネシア語の文法体系って、英語とどのくらい違うもの?だから学生たちがつまずくんだっけ?
動詞が英語でここまで厄介な理由は、インドネシア語が「時制」というものをほぼ持たないからなんですよ。英語では「walk」「walked」「will walk」と動詞が時間で変わりますが、インドネシア語は動詞の形を変えない。代わりに「sudah(すでに)」とか「akan(〜する予定)」みたいな別の単語を前に付けて時間を表します。だから学生たちは、英語で「書く」という一つの動作を、過去形・現在形・未来形で三つに分けて意識する習慣がそもそもない。頭の中に「動詞は形を変えるもの」という回路が育っていないわけです。加えてインドネシア語は冠詞もない。「a」「the」という概念が母語にないと、英語で「the river」と「a river」の違いを感覚的に理解するのは本当に難しい。研究で「言葉を落とす」が63%という高い率になったのも、そこからきている。学生たちは知識としては知ってるんでしょう。でも、実際に書くときは母語の「ルール」が自動的に走ってしまう。そこが学習の難しさなのかもしれません。
AIAIからの回答
動詞が英語でここまで厄介な理由は、インドネシア語が「時制」というものをほぼ持たないからなんですよ。英語では「walk」「walked」「will walk」と動詞が時間で変わりますが、インドネシア語は動詞の形を変えない。代わりに「sudah(すでに)」とか「akan(〜する予定)」みたいな別の単語を前に付けて時間を表します。だから学生たちは、英語で「書く」という一つの動作を、過去形・現在形・未来形で三つに分けて意識する習慣がそもそもない。頭の中に「動詞は形を変えるもの」という回路が育っていないわけです。加えてインドネシア語は冠詞もない。「a」「the」という概念が母語にないと、英語で「the river」と「a river」の違いを感覚的に理解するのは本当に難しい。研究で「言葉を落とす」が63%という高い率になったのも、そこからきている。学生たちは知識としては知ってるんでしょう。でも、実際に書くときは母語の「ルール」が自動的に走ってしまう。そこが学習の難しさなのかもしれません。
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?要するに『母語と目標言語の距離が大きいほど、学習が難しくなる』ってことなのか?
母語と目標言語の距離という見方は一つの切り口ですが、この研究から見えてくるのは、むしろ「距離の大きさそのものより、どこでつまずくかが決まっている」という点かもしれません。
インドネシア語話者の場合、動詞の時制変化や冠詞という、英語では必須の要素が母語に存在しない。だから脳は「これって必要なのか」と判断保留のまま、言葉を落としてしまう。ミスの63%が「言葉の欠落」というのは、その証拠です。一方で、語順の違いによるミスがもっと多くてもおかしくないのに、実際には言葉を忘れるミスが目立つ。
つまり、距離が大きいと「何でもかんでも難しい」のではなく、「母語に存在しない仕組みが、学習者の意識から抜け落ちやすい」という、より具体的な問題が生じるわけです。距離が大きい言語ペアほど、教え方も「説明を繰り返す」ではなく「書く現場で何度も使わせる」という実践的な対策が必要になってくるということのようです。
要するに『母語と目標言語の距離が大きいほど、学習が難しくなる』ってことなのか?
母語と目標言語の距離という見方は一つの切り口ですが、この研究から見えてくるのは、むしろ「距離の大きさそのものより、どこでつまずくかが決まっている」という点かもしれません。 インドネシア語話者の場合、動詞の時制変化や冠詞という、英語では必須の要素が母語に存在しない。だから脳は「これって必要なのか」と判断保留のまま、言葉を落としてしまう。ミスの63%が「言葉の欠落」というのは、その証拠です。一方で、語順の違いによるミスがもっと多くてもおかしくないのに、実際には言葉を忘れるミスが目立つ。 つまり、距離が大きいと「何でもかんでも難しい」のではなく、「母語に存在しない仕組みが、学習者の意識から抜け落ちやすい」という、より具体的な問題が生じるわけです。距離が大きい言語ペアほど、教え方も「説明を繰り返す」ではなく「書く現場で何度も使わせる」という実践的な対策が必要になってくるということのようです。
AIAIからの回答
母語と目標言語の距離という見方は一つの切り口ですが、この研究から見えてくるのは、むしろ「距離の大きさそのものより、どこでつまずくかが決まっている」という点かもしれません。
インドネシア語話者の場合、動詞の時制変化や冠詞という、英語では必須の要素が母語に存在しない。だから脳は「これって必要なのか」と判断保留のまま、言葉を落としてしまう。ミスの63%が「言葉の欠落」というのは、その証拠です。一方で、語順の違いによるミスがもっと多くてもおかしくないのに、実際には言葉を忘れるミスが目立つ。
つまり、距離が大きいと「何でもかんでも難しい」のではなく、「母語に存在しない仕組みが、学習者の意識から抜け落ちやすい」という、より具体的な問題が生じるわけです。距離が大きい言語ペアほど、教え方も「説明を繰り返す」ではなく「書く現場で何度も使わせる」という実践的な対策が必要になってくるということのようです。
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?学生がミスをしてるのは『ルール知らない』からなのか、それとも『知ってるけど、実際に書くときは頭が追いつかない』からなのか、どっちなんだろう?
その二項対立じゃなくて、多分どっちも同時に起きてるんですよね。
研究が「ルールが定着していない」と指摘する背景には、インドネシア語には英語の時制がない。冠詞もない。だから学生の脳みそには、そもそも「時制を毎回決めて書く」という習慣がインストールされていないわけです。知識としては教科書で学んでいても、母語で無意識にやってることと違う作業になると、意識的に何度も繰り返さないと反射的には出てこない。
一方で、ミスの63%が「言葉を落とす」というのは、むしろ頭が追いついていない証拠でもあります。書くスピードが上がると、時制変化や冠詞みたいな「補助的に見えるもの」から脱落していく。つまり「知ってるけど、圧力下では落ちる」という段階にいるんです。
研究が「実際の書く活動で繰り返す」を勧めるのはそこで、ルールを知識として理解するだけでなく、書く中で何度も使わせることで、ようやく反射的に出てくるレベルに持っていこうということなのかもしれません。
学生がミスをしてるのは『ルール知らない』からなのか、それとも『知ってるけど、実際に書くときは頭が追いつかない』からなのか、どっちなんだろう?
その二項対立じゃなくて、多分どっちも同時に起きてるんですよね。 研究が「ルールが定着していない」と指摘する背景には、インドネシア語には英語の時制がない。冠詞もない。だから学生の脳みそには、そもそも「時制を毎回決めて書く」という習慣がインストールされていないわけです。知識としては教科書で学んでいても、母語で無意識にやってることと違う作業になると、意識的に何度も繰り返さないと反射的には出てこない。 一方で、ミスの63%が「言葉を落とす」というのは、むしろ頭が追いついていない証拠でもあります。書くスピードが上がると、時制変化や冠詞みたいな「補助的に見えるもの」から脱落していく。つまり「知ってるけど、圧力下では落ちる」という段階にいるんです。 研究が「実際の書く活動で繰り返す」を勧めるのはそこで、ルールを知識として理解するだけでなく、書く中で何度も使わせることで、ようやく反射的に出てくるレベルに持っていこうということなのかもしれません。
AIAIからの回答
その二項対立じゃなくて、多分どっちも同時に起きてるんですよね。
研究が「ルールが定着していない」と指摘する背景には、インドネシア語には英語の時制がない。冠詞もない。だから学生の脳みそには、そもそも「時制を毎回決めて書く」という習慣がインストールされていないわけです。知識としては教科書で学んでいても、母語で無意識にやってることと違う作業になると、意識的に何度も繰り返さないと反射的には出てこない。
一方で、ミスの63%が「言葉を落とす」というのは、むしろ頭が追いついていない証拠でもあります。書くスピードが上がると、時制変化や冠詞みたいな「補助的に見えるもの」から脱落していく。つまり「知ってるけど、圧力下では落ちる」という段階にいるんです。
研究が「実際の書く活動で繰り返す」を勧めるのはそこで、ルールを知識として理解するだけでなく、書く中で何度も使わせることで、ようやく反射的に出てくるレベルに持っていこうということなのかもしれません。
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